「害交の安倍」では?

韓国向け輸出規制は、大きな問題です。いわゆる「徴用工問題」は、日韓の二国間の問題であり、限定的な国際問題です。もっと言えば、徴用工裁判という韓国の司法の問題であり、韓国の行政府(外務省含む)にとって手を出しにくい領域の問題です。

しかし、輸出規制はWTO提訴を招きかねず、国際社会の注目を集め、多国間の問題に飛び火しやすいため、国際社会の日本に対する目線が厳しくなる可能性があります。輸出規制は「徴用工問題の多国間問題化」につながるリスクがあります。

徴用工問題は、多国間の議論になると圧倒的に日本が不利です。国際社会は、ドイツが企業の拠出金で基金をつくって強制労働被害者に賠償した例を知っています。欧米のメディアや政治家は「なぜ日本はドイツと同じことをしないのか?」という素朴な疑問を持つことでしょう。

徴用工問題は、日韓の二国間の問題にとどめておくのが賢明です。多国間の問題に広げるのは日本にとって不利です。しかし、安倍政権は輸出規制によって国際社会の注目を集めてしまいそうです。自ら進んで不利な土俵を設定しているようにしか見えません。

しかも輸出規制は日本企業にも悪影響が及びます。自らの首を絞めることになりかねません。輸出規制対象の品目は日本企業に圧倒的な強みがある分野ですが、韓国企業をはじめ各国企業が危機感をもって自給を目指せば日本企業の競争相手が生まれます。長い目で見れば、日本企業の競争相手を利する規制になりかねません。

輸出規制発表のタイミングも気になります。大阪のG20は目立った成果もなく、参院選の支持率アップに貢献しませんでした。金正恩とトランプの電撃首脳会談に注目が集まり、安倍総理の影が薄くなりました。G20で支持率アップという思惑が外れたので、別の手を考えた結果、輸出規制という強硬な手段を用いたのかもしれません。

おそらく韓国に強硬な態度をとれば「右バネ」がきくという安易な考えが背景にあるのではないかと思います。参院選の真っ最中に排外的なナショナリズムに訴える政策を打ち出すのは危険な火遊びです。ナショナリズムを為政者が煽ることは許されません。歴史の教訓によると、ナショナリズムをもてあそぶとコントロールできなくなります。そういう意味でも現政権のやり方には問題があります。

また、日本は国際捕鯨委員会(IWC)から脱退し、国際社会の厳しい批判を浴びています。IWCには問題があると思います。しかし、だからといって問答無用に脱退するのは、日本のイメージにマイナスの影響を与えます。戦前の国際連盟脱退のミニ版のような印象を受けた方も多いと思います。これも「右バネ」に引っ張られた外交的判断だと思います。安倍政権は日本外交の基盤を崩しつつあります。

勇ましく騒がしい言葉でナショナリズムに訴える外交は、日本のソフトパワーを低下させる一方です。「外交の安倍」だと思っているのは、ご本人と排他的なナショナリストだけだと思います。北方領土交渉も行き詰まり、北朝鮮には無視され、イラン訪問は無駄足に終わり、八方ふさがりです。これでは「害交の安倍」ではないでしょうか。

世論の支持を集めるために、排他的なナショナリズムに訴える政治家がもっとも国益を損ないます。歴史をふり返ると、ナショナリズムに訴える政治家ほど、国益を損なうというパラドックスが見られます。中庸で健全な愛国心を持ちつつも、おだやかな言葉で世界と冷静に交渉できるリーダーが必要です。トランプのミニ版のような外交はやめた方がいいと思います。

前にも引用しましたが、中曽根康弘元首相の言葉で締めくくりたいと思います。昔の自民党の首相は、外交感覚があったものだと今になって感心します。

中庸で健全であるべき愛国心に対して、偏狭なナショナリズムが反作用的に出てくるのはありがちな話だが、国益を長期的観点から考え、短期的に起こる過度のナショナリズムに対して身を以て防波堤としてこれを抑えるのは政治の役割である。当然のことながら、相手国の言動や行動に刺激され、日本のナショナリズムを扇動するようなことがあってはならないし、国民への丁寧な説明と熟慮を重ねた冷静な外交こそが求められる。

*出典:中曽根康弘「宰相に外交感覚がない悲劇」新潮45 2012年11月号