ベーシックインカムは右でも左でも一定の人気を博している不思議な制度です。「ベーシック」が「基礎的」で、「インカム」が所得なので、「基礎的所得補償制度」とでも訳せるかもしれません。「ベーシックインカム」の一般的な定義は以下のようなものだと思います。
就労や資産の有無に関わらず、すべての個人に対して生活に最低限必要な所得を無条件に給する制度。
ヨーロッパで社会実験が行われて話題になったり、スイスで国民投票にかけられ否決されたりと、世界でいろんな動きが出ています。ベーシックインカムに賛成の左派もいるし、ミルトン・フリードマンのような新自由主義者も賛成しています。右側にも左側にも信奉者がいる珍しい制度です。
私はベーシックインカムには懐疑的です。第一に、ベーシックインカム導入の結果、他の社会保障制度が削減される可能性が懸念されます。ベーシックインカム賛成の右派は、さまざまな社会保障制度を一括して廃止し、ベーシックインカムに統合することで効率的な政府が実現できるという発想をします。
第二に、ベーシックインカムには膨大な予算が必要で財源を考えると難しいと思います。たとえば、消費税や法人税を大増税してベーシックインカムを導入することを納税者が納得するのか疑問です。
IMFもベーシックインカムに一定の評価をしていますが、「社会的セーフティネットがほとんどない発展途上国やアメリカでは効果的」と主張し、社会保障制度が発達した国ではベーシックインカムはそれほど効果がないと評価しています。IMFの基準にしたがえば、ベーシックインカムは日本ではそれほど効果がないといえるでしょう。
仮に日本でベーシックインカムを導入するとすれば、「対象を限定したベーシックインカム」というかたちになると思います。子どもを対象にしたベーシックインカムが「子ども手当」と言えなくもありません。貧困層に限定したベーシックインカムが「生活保護」だと言えなくもないかもしれません。
「対象を限定したベーシックインカム」に「ベーシックインカム」という言葉を使ってよいのかわかりませんが、「ベーシックインカム的」な政策には十分に妥当性があります。
私の立場は、(1)完全なベーシックインカム(=ユニバーサル・ベーシックインカム)は実現が難しいので賛成できないが、(2)対象を限定したベーシックインカム的な政策には賛成、というものです。
さいきん私は、クリス・ヒューズの『1%の富裕層のお金でみんなが幸せになる方法』という本を読んで、すでにアラスカ州でベーシックインカム的な制度が導入されていることを知りました。
アラスカ州には石油とガスの莫大な収入があり、それを財源に1976年に「アラスカ恒久基金」という州政府基金がつくられ、毎年その基金の2.5%が全住民に配られています。
基金の収益により毎年の配当額は異なりますが、1人あたり年間1,000ドルから3,000ドルで、平均すると1年に1,400ドルだそうです。「年に1,400ドルのベーシックインカム」と同じことです。
月に100ドルほどなので、それほど大きな金額ではありません。しかし、貧困層にとっての100ドルには大きな意味があります。四人家族だと年に6,000ドル(70万円弱)近くもらえることになり、世帯単位ではそれなりの収入です。
この基金のおかげで、15,000~25,000人のアラスカ州民が貧困ラインから脱し、州の貧困率を25%下げています。貧困層にとっての年1,400ドルは大きなインパクトを及ぼします。家計のやりくりが楽になり、安定的に入ってくる収入は安心感につながります。
IMF流にいえば、社会保障制度が十分でないアメリカの一部であるアラスカ州では、ベーシックインカムが効果的であり、実際に州民の暮らしの安定に役立っています。
日本近海で大規模な油田でも発見されない限り、日本でユニバーサル・ベーシックインカムは難しいでしょうが、部分的な「ベーシックインカム的」政策は十分妥当であり効果的です。
*参考文献:クリス・ヒューズ 2019年 『1%の富裕層のお金でみんなが幸せになる方法』 プレジデント社