大手投資銀行のストラテジストのルチル・シャルマ氏(インド人)の「シャルマの未来予測:これから成長する国 沈む国」の紹介の2回目です。
3.格差:良い億万長者、悪い億万長者
自ら起業して努力と知恵で億万長者になる人が多い国は、経済が成長しやすい。IT業界や製造業、サービス業などの起業家が多い国は、経済が成長しやすいという法則だそうです。
他方、建設業や石油産業などの政治的コネで億万長者になる人が多い国は、経済が成長しにくい国だそうです。ロシアの石油成金や政商が「悪い億万長者」の典型です。石油価格が下落した後のロシア経済は目も当てられません。かつて「BRICs(またはBRICS)」という言葉がありましたが、今は誰も使わなくなりました。ロシアやブラジルは単に石油や一次産品の価格が値上がりしてリッチになっただけで、経済成長の条件は整っていなかったということです。
4.政府介入:国家による災い
基本的に政府介入は経済成長にマイナスの影響を与えます。一時期の中国の国家資本主義的なやり方がもてはやされたこともありました。しかし、シャルマ氏は、中国政府の経済介入をまったく評価していません。国営企業の非効率や債務の増加を見て、中国経済の将来性に警鐘を鳴らしています。ロシア、インド、ブラジル等の国々の国営銀行の非効率も大きな問題の引き金になりかねません。その他、発展途上国でしばしば見られるガソリン補助金、政治家による国営企業の私物化等も経済成長の足かせになります。
安倍政権になってから官邸に生息する経産官僚が中心になり、インフラの海外輸出、原発輸出、武器輸出などに力を入れています。しかし、あんまりうまく行っている様子はありません。安倍流の国家資本主義路線は、やはり「国家による災い」に陥る可能性が高そうです。余計な政府介入は、国の借金を余計に積み上げることになりかねません。
5.地政学
立地が重要なのは当然です。当たり前すぎて説明の必要もないかもしれません。しかし、興味深かったのは、国内の地域間格差が大きいことが経済成長にマイナスに働くという点です。また、国内第一の都市と二位以下の都市の人口規模が開きすぎるのも、経済成長にマイナスになるそうです。
6.産業政策:製造業第一主義
先進国であろうと、発展途上国であろうと、製造業が一国の経済成長のけん引役になる傾向があります。特に発展途上国が貧困から抜け出すうえで製造業は重要です。
製造業の発展のために投資が重要であることはいうまでもありません。しかし、投資というのは、少なすぎるのも問題ですが、多すぎても問題です。シャルマ氏によれば、理想的な投資の上限はGDPの35%だそうです。それ以上の投資は副作用が大きくなり、景気後退を招きます。中国の投資水準が高すぎるのは、危険の兆候といえます。
なお、最悪の投資といえば、不動産のバブルです。住宅建設に投資が集まり過ぎるのは、どんな場合も悪い兆候です。日本のバブル崩壊を見ても容易に理解できます。1970年以降の世界の住宅バブルの最悪の18事例を調べた結果、不動産投資がGDP比5%に達したときにバブルの崩壊が始まるそうです。いまの日本の不動産投資がどの程度なのかわかりませんが、異次元の量的緩和の結果として危うい水準に近づいているのかもしれません。
なお、理想的な投資の下限はGDP比で20%以下だそうです。ここまで投資が少ないと、インフラは劣化し、企業の設備投資は低迷し、経済は絶対に成長しません。投資がGDP比で20~35%の間にいれば、その国は経済成長には適した環境にあるといえるようです。
7.インフレ率
多くの国はインフレ率をコントロールするのに苦労しています。インフレ率を下げるのに苦闘している国が多数を占める一方、日本ではデフレに悩み続けています。日本は世界でも例外的にデフレの長期化に悩んでいる国です。しかし、デフレ下でも経済が成長した事例は数多くあり、供給主導のデフレは「良いデフレ」であり、需要主導のデフレは「悪いデフレ」といえるようです。供給主導の「良いデフレ」とは、生産性や品質の向上により価格が下がるデフレです。需要が減少して価格が下がるのが「悪いデフレ」といえます。
長い歴史を振り返るとデフレはありふれた現象であり、過剰に反応する必要もない、というのがシャルマ氏の認識のようです。とにかく「住宅バブルが2年続くと要警戒」という法則だけ注目しておけば良いようです。