あさっての6月8日はイギリスの下院議員総選挙です(ちなみに貴族院議員の選挙はありません)。保守党優勢で選挙戦が始まりましたが、労働党が急速に追い上げているとの報道。労働党が選挙に勝つかどうかはわかりませんが、労働党のマニフェストは評判良いようです。
イギリスの労働党のマニフェストをダウンロードして、120ページ以上の分厚いマニフェストを苦労して読んでみました。イギリス労働党のマニフェストについて興味深く感じた点を箇条書きしてみます。
- キャッチコピーは「FOR THE MANY / NOT THE FEW」とシンプルです。直訳すれば、「一部の人ではなく、多数の人のために」という感じでしょうか。ジェレミー・コービン党首は左派色の強い政治家であり、庶民や貧困層のための政策を前面に打ち出し、それが受けているということかもしれません。シンプルなキャッチコピーは重要です。ふつうの市民に訴えるには、シンプルなメッセージが大切なのだと思います。
- 目次をざっとながめると「FOR ALL」という表現が多用されています。民進党の「尊厳ある生活保障総合調査会」では、「ALL FOR ALL」という言葉を使っていますが、それに近いものを感じます。各章のタイトルに使われているものだけを列挙しても次の通りです。「FOR ALL」という言葉に公的サービスから漏れる人をなくそうという意志が感じられます。「FOR ALL」がキーワードです。
【目次の抜粋】
1章 Creating an economy that works for all(すべての人のための経済を創造する)
6章 Secure homes for all(すべての人に安心の住まい)
7章 Hearth care for all(すべての人の医療)
9章の節に Culture for all(すべての人に文化を) というのもあります。 - 最初に出てくる章は「すべての人のための経済を創造する(Creating an economy that works for all)」です。いちばん最初に「より公平な税制」が出てきます。格差是正のために、所得の再分配機能を強化する税制改革を訴えます。きわめて明確に「5%の富裕層には増税するが、95%の納税者には増税しない」と述べます。あるいは「8万ポンド以下の収入の人の所得税は増税しない」と述べます。大企業の法人税が低すぎるという点も指摘しています。
民進党が推進したい政策の財源を確保するためには、増税も必要になります。しかし、増税の印象が強すぎると国民の理解を得られません。たとえば、(1)どれくらいの増税なのか、(2)税負担の増加と受益の増加のバランスがどうなのか、(3)自分にとっては負担増なのか、それとも負担減なのか、を示すことが必要だと思います。その点で「5%の人には増税でも、95%の人の税負担は変わらない」と具体的にイメージしやすい表現を使うのはよいと思います。 - 目次を見ると「5章 社会保障(Social security)」の2つの項目に「尊厳(dignity)」という表現が使われています。私は勉強不足で「尊厳」というキーワードが英国で注目されていることを知りませんでした。民進党では「尊厳ある生活保障」をテーマにした調査会を設けていますが、「尊厳」というキーワードが最近の欧州では注目されているのかもしれません。具体的には「年金生活者の尊厳(Dignity for pensioners)」と「働くことができない人の尊厳(Dignity for those who cannot work)」という項目が立てられています。
- 労働党マニフェストを見て気づくのは、保守党政権時代の政策を具体的に批判する箇所が多いことです。たとえば「保守党政権の7年間で〇〇政策の予算が、△△億ポンドもカットされた」みたいな表現が随所に出てきます。民進党の政策を語る時にも、安倍政権4年半の間の政策変更点を民進党の対案と比較して書くとよいと思います。自民党政権の政策と民進党対案の差異を際立たせるために、数字入りの解説を多用するのはよいと思いました。
- 日本の選挙公約で見かけないのが、ホームレス対策です。2010年以降、ホームレスの人数が2倍以上増えたそうです。保守党政権下の住居手当や社会保障費のカットがホームレス増加の原因と批判しています。ホームレスの人たちはおそらく投票にも行けないと思いますが、そういう人たちのための政策に1ページが割かれているのは立派だと思います。
- 労働党マニフェストを見ていて思いましたが、民進党の公約には、(1)財源が必要なくて、かつ、(2)女性や子ども、LGBT等の弱者の権利を守り、かつ、(3)自民党的家族観との差異が際立つ、政策を入れ、対立軸を明確にすべきだと思います。労働党マニフェストには、「妊娠・出産を理由とした解雇を行った企業への罰則を強化する」といった公約が出てきます。財源がいらなくて、かつ、女性の権利向上や少子化対策になります。こういう「安上がりで効果的」な公約をたくさん考えたらよいと思います。
- 勉強不足で知りませんでしたが、公衆衛生の項目のなかに「sugar tax」というソフトドリンク課税が出てきました。私は「bad課税」は必要だと思います。社会的に望ましくない行為に課税するのが「bad課税」ですが、炭素税などもその一種と見なせるでしょう。たとえば、子どもの貧困対策の財源としての「sugar tax」はよいと思います。小泉進次郎氏提唱の「子ども保険」よりマシだと思います。
目的税は財務省から嫌われますが、「子ども支援のNPOや地方自治体の子ども対策の基金に充てるsugar tax」だったらありかもしれません。ソフトドリンク業界でさえ、「子どものため」という大義があれば、協力してくれるかもしれません。もともと「sugar tax」は医療関係者の提案で健康増進のために始まった課税制度みたいですが、税収アップにも使えます。もっともソフトドリンク課税の増収なんて何十億円というレベルだと思いますので、国家財政には焼け石に水です。しかし、全国のNPOや子ども食堂にとってはとんでもない大金です。NPO出身の私としては、「ソフトドリンク課税で子どもNPO支援」は十分ありだと思います。最近法案が通ったばかりの「休眠預金のお金でNPO支援」と同じようなレベルの地味な新政策だと思います。休眠預金法案も5年前はほとんど相手にされませんでしたが、NPOと超党派の粘り強い運動で法律になりました。 - ちょっと意外な感じがするのは、イギリスの労働党は防衛費増大に積極的であり、軍需産業の振興も訴えている点です。コービン党首は反核兵器で軍縮に熱心な人ですが、労働党全体としては軍隊や軍需産業にも目配りしているようです。
どこかのインタビュー(だったか討論会)で、コービン党首が「あなたが長年主張していたことと、労働マニフェストの〇〇の項目は矛盾するのではないか?」と質問されたときに、「私は独裁者ではない。党のすべての政策を自分の思い通りにはできない」と答えたと報道されていました。コービン党首も党内向けの妥協はしているのでしょう。それにしても「私は独裁者ではない」というのは、なかなかよい切り返しです(僕も党首になったらこのフレーズを使わせてもらいます???)。 - 興味深いのは「16歳選挙権」が公約に入っている点です。日本ではやっと18歳選挙権が実現しましたが、イギリスでは16歳選挙権の是非が議論されています。イギリスでは16歳で軍隊に志願できます。そのため「軍人になって国家に貢献できる16歳が、投票できないのはおかしい」という理屈が受け入れられやすい空気があります。労働党マニフェストにも「16歳になれば軍に志願できるのに、投票できないのはおかしい」という理屈が書いてあります。うろ覚えの記憶ですが、イラク戦争か何かでイギリス軍の17歳くらいの兵士が戦死した時に、BBCニュースが「軍隊に志願して死ぬ可能性がある若者に、投票する権利がないのはおかしい」という声を報道していた記憶があります。「選挙権と軍人になる権利」を両立させる方法は、理論的には2つあります。ひとつは選挙権を16歳に引き下げて軍に志願できる年齢に合わせる(=イギリス労働党方式)。もうひとつは軍に志願できる年齢を上げて18歳まで志願できないようにする。日本だったら後者を選ぶのが自然ですが、イギリスでは前者の意見への一定の支持があるということみたいです。日本とイギリスのリベラル派のちがいを感じます。
労働党マニフェストには、日本ではすでに実現している政策、日本にはなじまない政策も多々あります。鉄道の再国有化や市場規制の行き過ぎた強化につながる政策提言もあります。もちろんEU離脱についての政策はまったく関係ないです。そういう政策が全体の半分以上でしょう。しかし、日本でも参考になる政策が多いことは確かです。民進党もしっかり労働党マニフェストを分析して次の選挙の公約づくりに活かすべきだと思います。
ご参考まで:
(1)労働党マニフェスト:http://www.labour.org.uk/index.php/manifesto2017
(2)BBCがつくったサマリー:http://www.bbc.com/news/election-2017-39933116