昨日、市民団体の「この1か月のニュースを知る」という勉強会に講師として呼んでいただきました。「この1か月のニュース」といえば、トランプ大統領しか思い浮かびません。
そこで「トランプ現象」や「トランプ政権が世界に与える影響」などについて、私の解釈・分析を説明させていただきました。話した内容の概要は、だいたい以下のようなもの。
トランプ大統領:「分断」の政治
所得格差が社会を分断し、社会の分断が大衆迎合的で不健全なナショナリズムを呼んでいる。アメリカだけではなく、欧州でも日本でも状況は似ている。
東西冷戦の時代には、共産主義の脅威があったため、西側諸国も再分配に力を入れ、福祉国家が全盛期だった。しかし、冷戦が終わり、再分配を軽視する傾向が広がり、格差が拡大した。格差社会においては、地域コミュニティや労組といった中間団体の力が弱まり、個人の孤立化が進む。
孤立した個人の最後のより所になりやすいのが国家である。居場所を失った個人の孤立化は、大衆迎合的なナショナリズムを招きやすい。排外的なナショナリズムは、安易なシンボル操作で大衆の支持を獲得できるため、選挙に勝つには便利なツールである。
イスラム教徒やメキシコからの移民を敵視し、ナショナリズムをあおることでトランプ氏は選挙に勝った。欧州でもイスラム教徒の移民を諸悪の根源にして、ナショナリズムをあおる極右政党が台頭している。
インターネットによる「情報の分断」もトランプ現象の一因。インターネットでは、自分が興味のある情報だけに接する傾向が強い。インターネット全盛で、自ら信じたいものだけを信じる人たちが増えた。ネトウヨが広がったのも、インターネット社会だから。都合の悪い情報は無視し、都合の良い情報だけを集めて「理解」する態度が広がっている。
いわゆる「ポスト・トゥルース」政治の時流に乗ったのがトランプ大統領である。客観的事実よりも、情念で政治を語り、支持を獲得している。誤ったことを言ってマスコミに批判されても意に介さない。むしろ既存のマスメディアと戦うことで、支持を広げてきた。トランプ大統領流の政治においては、客観的事実は意味を持たない。
トランプ政権は、人種や宗教による分断を広げる。アメリカ国内だけではなく、世界の分断を加速する。イスラム原理主義テロリストだけではなく、イスラム教徒全般を敵視すれば、本当に敵になってしまう。トランプ流のイスラム教徒敵視政策は、絶対にうまく行かない。イスラム原理主義のテロと戦うには、穏健なイスラム教国や世俗的イスラム教徒との連携が不可欠である。しかし、トランプ流では、すべてのイスラム教徒を敵に回してしまう。
トランプ大統領は、戦後体制や国際秩序を根底から覆そうとしている。ひとつの中国政策、ブレトンウッズ体制、中東和平といった枠組みを否定し、混乱と紛争のタネをまいている。アメリカのソフトパワーは、トランプ大統領になって一気に失われつつある。Gゼロ後の世界が現実になった。
多極化する世界で、日本は他の先進民主主義国との連携を強め、グローバルな課題に協働して対処できる体制づくりに力を入れるべき。G7を発展的に解消して、D10(デモクラティック10)を創設し、地球的規模の課題(気候変動、テロ、経済、麻薬等)を解決できる仕組みをつくるべき。
といった内容を質疑応答を含めて2時間ほどしました。
最後に、トランプ現象に対抗し、寛容で公正な社会をつくるための参考として「賢人たちの言葉」をコピーして配って終わりにしました。
人生は複雑である。誰かが単純な答えを出して来たら、それは間違った答えだ。複雑さを恐れずに答えを探せ。(ジャレド・ダイアモンド)
「文明崩壊」等のベストセラーを書いた著者の言葉です。
民主主義というのは、少数意見に対する寛容の精神と、強い者への独立の気概によって支えられているものです。早稲田大学法学部長として入学式で「空気を読むな」「匿名の世界に関心を持つな」と言ってきました。匿名の世界は、かなり怪しい空気を生みだすことが多く、その空気に従うことが独立自尊の精神に反するということを申し上げてきました。民主主義の市民や人間に「匿名」というのはないのです。(上村達男早稲田大学法学部教授)
天下り事件はちょっと残念ですね。早稲田大学らしくない。
世論あるいは世論として通用しているものは、政治のジャングルの中でいつも鎮静剤の役割を果たすとは限らないことである。世論といわれているものが、しばしば大衆の意見を全然代表せずに、政治家、評論家およびあらゆる種類の宣伝家など、非常に騒がしい少数の連中の利益を代弁しているのではないかと思う。この種の人びとは、軽率なまた盲目的愛国心をあおるようなスローガンに逃げ道を求める。というのは、それ以外のことを理解する能力をもたないからであり、これらのスローガンを掲げる方が短期的な利益を得るためにはより安全であるからであり、さらにまた、真理というものは複雑で、決して人を満足させず、ジレンマに充ちており、常に誤解され濫用されやすいものなので、観念の市場で競争するには往々にして不利な立場に立っているからである。短慮と憎悪に基づく意見は、常に最も粗野な安っぽいシンボルの助けをかりることができるが、節度ある意見というものは、感情的なものに比べて複雑な理由に基づいており、説明することが困難なような理由に基づいている。そこで、盲目的愛国主義者というものは、いついかなる場所を問わず、己が命ずる道を突進してゆくだけであり、安易な成果をつみとり、他日誰かの犠牲においてその日限りの矮小な勝利を刈り取り、それをさえぎる者は誰であろうと大声で罵倒し、人類の進歩を待望しながら傍若無人の踊りをおどって、民主的制度の妥当性に大いなる疑惑の影をなげかけるのである。そして人びとが、大衆の感情を扇動したり、憎悪、猜疑および狭量の種を播くこと自体を犯罪として、おそらく民主的政府擁護に対する最悪の裏切り行為として、摘発することを学ばない限り、このようなことは、今後も引き続いて起こるであろう。(ジョージ・F・ケナン)
ソ連封じ込め戦略の立案者の言葉です。国際政治の古典と言ってよい本から抜粋です。
反応はまずまずよかったのですが、主催者からは「早口過ぎる」とか、「内容を詰め込み過ぎた」と言われ、反省しています。講演というのは、何度やっても完璧な出来というのはありません。政治家稼業に就いて12年目ですが、何年たってもなかなか上達しません。